Page2

 




その頃、アメリカではもう
アイビーがポピュラーになっていた

アメリカに、「エスクワイア」という、有名なメンズマガジンがある。
今では、版も小さくなり、昔ほどではなくなったが、太平洋戦争後間もなくは「ルック」や「コリヤーズ」同様、豪華でカラフルで、それこそビューティフル・アメリカの一面をうかがわせてくれるものだった。 この「エスクワイア」のファッションページは、美事なイラストと共に、その時の男性ファッションをリードしていた。

1948年(昭和23年)「エスクワイア」誌は、折り込みにしたファッションページに大々的にボールドルックを発表した。
これは、戦時中の耐乏生活の反動ともいえるもので、生地をたっぷり使い、スーツのラペル(下衿)が極端に広く、肩を張らせ、ウエストをシェープして、スラックスの幅も広いという文字通りのボールド、つまり大胆な、目立つルックだった。
合わせるアクセサリーにしても、ワイシャツはワイドスプレッドで、これにウインザーノットの太いタイをしめ、ブリム(つば)の広い帽子をかぶる、という男性的スタイル。

しかし、このボールドルックも2年と続かなかった。
1950年、北朝鮮が38度線を破って、韓国に攻め込んでくると、日本に駐留していたアメリカ軍は、マッカーサー元帥の指揮の下、一斉に出動したが、この年「エスクワイア」はアメリカ保守化に合わせて、スーツの上着の肩幅を1インチ、ラペル(下衿)を3/4インチ切り取ってスリムにした"ミスターT(ミスターTRIM LOOKの意味)"を発表した。
この"ミスターT"は、これ見よがしのスーパーマン・スタイルの"ボールドルック"とは正反対に、ナチュラルショルダーのストレートハンギングで、アクセサリーにしても、タイの幅も帽子のブリムも狭かった。ここにアイビーリーグルックの登場する素地が出来たのである。

       

1954年頃になると、ニューイングランドの男たちと、マジソン街の広告業者にしか着られていなかった”ナンバーワン・サックスーツ(ブルックスブラザースが自社のトラディショナルモデルに付けた名前)”は、量産のレディメード・メーカーの手によって大量生産され、全米に出回るようになる。

そして、これらメーカーのデザイナーで構成されるIACD(インターナショナル・アソシェーション・オブ・クロージング・デザイナーズ)によっても、このアイビーモデルが、他のモデルと並んで公認されるようになった。
昔から”ブルックスブラザーズ”や”J・プレス”やチップ”のスーツ着続けていた、マジソンのエリート族には気の毒だが、こうしてアイビーリーグのユニバーシティーを出ない人にとっても、たんなる流行として、このスーツが着られるようになったのである。
つまり、この頃には、アメリカでは、もうアイビーが非常にポピュラーになっていたわけだ。

このアメリカのアイビーブームを反映して、当時、我が国にも、このすばらしい着こなしを伝える名画がぞくぞく封切られた。
なにしろ古い話なのでよく覚えていないが、アンソニー・パーキンスとジェーン・フォンダが出演した”TALL STORY(日本語名「のっぽ物語」)”ジョージハミルトンの「ボーイハント」、オードリー・ヘップバーンとジョージ・ペパードの「ティファニーで朝食を」などが印象に残っている。当時のヤングマンは、これらのハリウッドスターの着こなしに我が身を重ねえ、大きな溜息をはいたものだった。

*イラスト-「別冊」Esquire SPECIAL ISSUE 1990 NO.5より

 


次ページへ


copyright(C)ISLANDS since2006