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Shiro Itoh’s Archives-(6)-3
ビル・カイザーマンのプロフィールと作風
一方、ビル・カイザーマンは、今や押しも押されぬ大スターである。
今回のホール・オブ・フェイムの後の特別賞受賞で、完全にラルフ・ローレンを抜いてしまい、今やメンズ・ウエアNo1デザイナーの地位を確立したといってもいい。
この事実は、アメリカのファッション・ジャーナリストの興味の焦点が、ブリティッシュ・アメリカンから、デコントラクテに移ったことを示すひとつの証拠だろう。
とにかく彼は今や、"グレート"である。
ニューヨークのあるジャーナリストが面白いことをいっていた。もちろん、こんな裏話は、公式には発表されていないのだが‥‥。
彼がデザイナーになったのは金儲けのためだというのである。最初、彼は一発当てようと思って、映画スターを目指してハリウッドに行った。ところが、背が低かったために、映画俳優をあきらめ、オフ・ブロードウェイの舞台俳優になった。
ところが、オフ・ブロードウェイでは、あまりお金にならないので、デザイナーになり大当たりをした。というのである。この話はちょっとマユつばだが、奥さんがハリウッド時代に知りあって歌手をしていたという、すてきな黒人の美人なので、ある部分は本当なのだろう。
それはとにかく、今では、マンハッタンのイースト・サイドのビックマン・プレース(大物ばかり住んでいる場所)と称されるところに、ビルを所有し、それを住宅にしている。
ショウなども、自宅のリビング・ルームを使ってやれるくらいだから、その広さのほどはわかるだろう。
かれもまた、サル・セザラーニなどとは違って技術畑から出た人でなく、ラルフ・ローレン同様感覚派デザイナーだといわれる。
パターンなどの技術の出来る人より、正規のデザイン教育を受けない感覚だけにたよる人は、シルエットを作るのは弱いが、色や柄はすばらしい、この点もラルフ・ローレンと同じだ。
"ジェントルメンズ・クォータリー"や、フェアチャイルド社で出している"フーズ・フー・イン・ファッション"による、正式の経歴は次の通りである。
彼は今年35歳だが、まずメンズの帽子のデザインからこの道にはいり、その後レザー・アクセサリーを手掛け、今ではスポーツ・ウェアから、クロージングまでのトータル・ラインを持つようになった。"ラファエル"という会社のオーナーであり、その作風は、ひとくちにいえば、"くだけたエレガンス・ライン"ということが出来よう。
素材のほとんどはイタリーで手当てするために、年のうち1/2はイタリーにおり、彼のデザインは、アメリカだけでなく、ワールドワイドに売られている。
日本では先ほど、三越がお百度を踏んで製品輸入がきまったそうなので、やがて、本物がみられるだろう。
今年のシルエットは完全なデコントラクテで、スーツなら超ナロー・ラペルでベロー・ポケット、これを短いポイントのボタン・ダウン・シャツに合わせている。色はブラウン、オリーブ、グリーンなどで、そのブラウンも、グレーがかかっていてとても美しい。
生地も、婦人服のようなループド・ヤーンのものなど、ソフト・ファブリックを多用しているのも特徴のひとつである。
もう紙面があまりないが、最後にしめくくりとして、私は、今回のコティ賞について次のように感じた。もちろん、私の個人的な意見なので、アメリカのジャーナリストは違う見解を示すかもしれないが‥‥。
まず第一に、ロバート・ストックの受賞について
(A)ブリティッシュ・アメリカンがいぜん強い影響力を持っていることの証拠であり、
(B)デザイナー・クローズ・イコール高価というこれまでの概念を破るという点で、ラルフ・ローレンが70年を代表するデザイナーであるとすれば、彼は80年代のデザイナーといえる(80年代には、衣料への関心は、現在よりも低くなる、その時には高額品は売れなくなる、と主張する若手デザイナーが多い)。
第二にビル・カイザーマンの特別賞受賞は
(A)彼のやさしいエレガントさがジャーナリストに受けた、ことと、
(B)ファッションのトレンドとしては、デコントラクテが強力であることの立証である。
( 1976年「男子専科」9月号より
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