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● アメリカン・バイセンティニアルの意義
のっけから、総論的になるが、アメリカン・バイセンティニアルの影響を分析すると、それはふたつに大きく分かれるだろう。
そのひとつは、精神的な面であり、もうひとつは、これに便乗して出てくる、コマーシャリズムの面である。
日本人はアメリカ人以上に実利的だし、また、アメリカ史を正確に理解している人も少ないから、おそらく日本においては後者だけが大きくクローズアップされることになると思うが、ファッション動向の基本となる、精神的な面も決して忘れることは出来ない。
英国から独立を勝ち取ったアメリカの200年の歴史も、決して平坦なものではなかった。国内が南北に分かれて、血で血を洗う南北戦争を戦った後、ゴールド・ラッシュがおとずれ、フロンティアは西へ西へと拡がって行った。
幌馬車が走り、鉄道が敷け、都市が出来、19世紀にはいって、かつてない繁栄をみたアメリカは、やがて第一次大戦、第二次大戦を経て、ベトナム戦争へと突っ込んでいく。
そして、変革と激動の60年代、ウォーターゲート事件へと続く。こうして、アメリカはすっかり変わった。新たに征服すべきフロンティアはなくなり、国家の目標も失われた。
「だから14年前、『アメリカを再び前進させよう』と高々と理想のタイマツを掲げ、米国民を感動させたケネディ就任演説を、『今読んでみるとあんなにシラケさせるものはない』といい切る若者が実に多いのには驚かされるのだ。
アメリカ人はまた、豊かなユートピアに到達してみて、それが意外に味気ないものだということに気が付き出した。週3日の会社さえ現れ、一人当たり平均所得が5千ドルに達したアメリカで、豊かさはまた別の形の不満を生み、その不満は貧しかった時よりも、はるかに激しさを増すことに気がついた」(読売新聞特集 アメリカ再発見 建国から2百年)のである。
このおり、時あたかも建国200年というグッド・タイミングがやってきた。為政者は、よきアメリカ、輝かしきアメリカをプロモーションして、精神的再興をと考えるのは当然だろう。
バイセンティニアルに引っかけて、ことさら古いものを引っぱり出し、誇らしげに取り立てるのには、こんな裏があるのである。
一方、このような精神的な面はさておくとして、今アメリカは、この建国2百年にあやかったビジネスが花ざかりである。
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