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Shiro Itoh’s Archives-(2)-1
( 1969年「男子専科」11月号より )

(2)揺れ動くアメリカの男性モード

●アメリカでの三つの挿話

 マンハッタンでのアメリカン・マネージメント・ビルディング18階のオフィスに、親友のファブリック・デザイナー、ピーター・バルドー氏を訪ねる。
 「やあ、来たな、来たな‥‥」
 大きなゼスチャーで肩をたたく彼、見ればいつものトラディショナルなダブルのブレザー姿の彼は、ダブルのエドワーディアンスーツに変って、おまけに立派なあごひげまでたくわえている。
 衿元には、幅11センチはあるかと思われるワイド・タイ、そして私の日本ではかなり広めと思っていた、黒のニット・タイを指さしてこう叫んだ。
 「なんて細いネクタイしてるんだ。見っともないぞ‥‥」


翌日、かねてアポイントをとっておいた世界最大の紳士服メーカー、ヒッキー・フリーマン社のウォルター・ミシック副社長を訪ねる。
 なにせ、邦貨換算で年商1800億円の売り上げをしめる大メーカーだから、10億、20億で大きいといわれている日本とはケタが違う。
 真っ赤なぶ厚いじゅうたんのエグゼクティブ・ルームで待つことしばし、
 「お待たせしました‥」
 とはいって来た彼は、われわれが普段聞いている、エグゼクティブルックとはまるで違った、真っ赤な、本当に真っ赤なドレスシャツに、白赤のコーディネートされたネクタイをしていたのである。

ニューヨークから、まるでバスみたいに手軽なアメリカンエアラインのシャットル(バスのように手軽に予約なしで乗れ、間断なく往復しているのでシャットル<近距離往復便>と呼ばれる)に乗って、ボストンに出かける。
 ハーバードのCOOP(協同組合)を見たいからだ。折から、金曜のこととて、ハーバード大学前の通りは、学生でごったがえしていた。
 二階のメンズクロージングのデパートメントに行く。ところがそこには、アイビーモデルの発生地であり、トラディショナルモデルの総本山であるのにかかわらず、裾拡がりのフレヤースラックスが山と積まれていたのである。

 いちいちこんなエピソードを拾いあげればきりはないが、一口でいって、一年ぶりに訪れたアメリカは、まったくファッションづいていた。
 全体の需要は、統計手的な数字を見たわけでないので、正確にはいえないが、少なくとも一見したところでは、ヨーロッパ調がかなり進出し、個人のデザイナーが大活躍しているのがはっきりと感じられた。
 そこで、今月号は、筆者が実際にこの目で見た、アメリカのファッション情報最新版をお伝えしたいと思う。
     
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