伊藤紫朗 ファッション・プロデューサー/服飾家 略歴
こんにちは、伊藤紫朗(いとう
しろう)です。
私の職業は、服飾評論家であり、ファッションプロデューサーです。
とはいっても、詳しい方はご存知でしょうが専門は、メンズウエアで、それもアメリカ東部、中でも、ニューヨークのアメリカン・トラディショナルのスペシャリストを自認しています。
私のモットーは、現場主義。必ず現場に行って、自分の目で見て、そして感じて、これを日本に紹介し、そして気に入ったものは、自分で創る、ということを、もう50年以上もやってきました。
そこで、今回は、こだわりや裏話を通じて真実を伝えたい、そして出来れば、今、自分のやっていることにプラスにしたい、こんな思いでこのホームページをたちあげました。
興味を持たれる方は、どうか、お付き合い下さい。 |
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ある展示会でセザラニさんと |
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| 1953年 |
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立教大学経済学部卒。 |
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| 同年 |
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(株)白木屋入社。紳士服仕入部配属。輸入生地バイヤー レデイメードバイヤー歴任。 |
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| 1954年 |
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「イヤーラウンドスーツ」考案 実用新案特許取得により社長表彰
この頃より「男子専科」「メンズクラブ」等にデザイン、ファッション傾向を執筆。 |
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| 1955年 |
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同社、東急百貨店に合併。 |
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| 1959年 |
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1年休職して服飾研究のため渡米。 |
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| 1960年 |
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帰国して紳士服仕入部バイヤーに復職。
同時に服飾研究室メンズウェア担当兼任。 |
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| 1963年 |
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百貨店在職のまま、敷島紡績(シキボー)メンズファッション顧問になる。 |
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| 1964年 |
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東急百貨店山本宗二副社長付重役室マーチャンダイジングセンター・メンズウェア・ディレクター(部長職)にて退職。
独立。 |
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| 1965年 |
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(株)ダイドー・リミテッド顧問。ニューヨーカーの設立に参加。 |
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| 同年 |
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(株)ジャックス共同設立。代表取締役副社長(企画、宣伝、営業戦略担当)。 |
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| 同年 |
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日本初のメンズウェア企画・コンサルタント会社(株)アパレルアドバイザー設立、代表取締役就任。 |
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同社は
・鐘紡株式会社
・ユニチカ株式会社
・三陽商会
・本田技研 などと契約 |
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| 同年 |
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石津謙介氏の推薦で帝人の顧問に就任。
モッズ・ルック ピーコック・レボリューション
007ボンドルック 等キャンペーン立案。 |
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| 1971年 |
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(株)マクベス設立。代表取締役就任。
(株)マクベスアメリカ設立。(輸入品、CHIPP CLUB 製造販売)
代表取締役就任。 |
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| 1972年
〜
1990年 |
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・三島由紀夫「盾の会」の制服をデザイン(西武百貨店堤社長の依頼による)
・メンズファッション専門学校講師。
・フジテレビ「僕と私のファッション」(30分番組)レギュラー出演。
・日本テレビ「11PM」レギュラー出演。
・平凡出版社「平凡パンチ」編集顧問。 |
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| 1996年 |
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伊藤紫朗 個人事務所設立。 |
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| 2000年 |
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東急百貨店内山社長付顧問就任。 |
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| 2001年 |
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はるやま商事(株)に新業態「パーフェクトスーツカンパニー」を提案(現在売上120億円)顧問就任。 |
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| 2002年 |
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岩田屋(本店九州福岡)に新業態「スーパーV」提案。顧問就任。 |
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| 2003年 |
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日本百貨店協会の「ドレスアップマンデー」提案採用。 |
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| 2005年 |
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韓国財閥系アパレル「LGファッション」に2プライススーツショップ提案。 |
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| 2007年 |
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台湾最大のアパレル「カーニバル・インダストリアル・コーポレーション」に2プライススーツショップ提案。 |
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2010年 |
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中国にて水素電池研究の権威孫元明博士(南京大学教授・南京大学円探検救助所長)と知り合い、中国常州学園都市の「常州紡績服飾技術大学」にて特別講義を行い、中国でのコンサルティング活動を開始する。 |
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現在に至る。 |
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